原動力は、「得意な物作りで、お客様の気持ちに応えたい」という思いの長友さん

本プロジェクトの太陽光施工を担当している、長友さん。前回「プロジェクトへの期待」についてうかがいました。今回は、どのような信念でどのような人生を歩んできたのか、ルーツに迫ってきたいと思います。

もともと化学に興味を持っていたという長友さん。中学を卒業後、当時延岡にあった旭化成の行員養成所に3年間通っていました。18歳の時、一転、化学から建築へ転換、上京を決意します。

「建築業界に興味を持ったきっかけは、親戚からの『今後は住宅業界が伸びるよ』というアドバイスでした。そこで旭化成のグループ会社で住宅を担う『ヘーベルハウス』で働くことに。最初は誰よりも早く現場に行くため朝6時前に出勤していました。鞄持ちからのスタートでしたね笑」(長友さん)

勤勉で真面目な性格から着々と実績を積み上げた長友さんは、わずか19歳で現場監督に。その後、他の住宅メーカーに転職しますが、住宅開発ラッシュの東京で12年間働きました。30歳を機に、地元・宮崎に帰ることを決意。宮崎に戻ってからは、現場監督の仕事ではなく、住宅設備の営業マンとして働いていました。現場がわかる営業マンだから、活躍していたのですが、結婚を機に営業の仕事から離れるために転職。知り合いの誘いで、牛舎などの家畜舎を建設する会社に勤め、建設に関する知見を更に得ます。
2009年11月16日、自身を代表として「株式会社友健」を設立。現在は土木建設建築工事を中心に、太陽光発電事業や電気設備工事事業という物作りの仕事を行っています。

「自分の得意な分野で誰かの気持ちに応えたいという一心で、東京でも宮崎でも活動してきました。単純に幼い頃から物作りが好きで、得意だったことが大きいです。ひとから、こんなものできない?出来る人いないんよ。なんて言われると、俺がやろうって、取り組んできました。今後も地域の方々と関わりながら、地元・宮崎に貢献していきたいです」(同)

得意分野を仕事にするだけではなく『誰かの力になりたい』という思いが大きい、人思いな長友さん。
今後も本プロジェクトで、木製架台の設置や、無人販売所の計画に関わっていきます。

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